
常任理事 石垣 泰則
全国在宅療養支援医協会に改組するにあたって
全国在宅療養支援診療所連絡会が発足して12年目を迎え、在宅医療に対する国民の期待はますます大きなものとなってきております。一方、在宅医療を受ける患者さんは増加するとともに、多様化しており、様々な在宅医療ニーズが生じています。
在宅医療を提供する医療内容も多様化しており、在宅医療はもはや診療所の役割の枠を超え、病院との共同、地域での取り組み、国民や行政との協力が不可欠な時代となっております。>>続きはこちら

常任理事 鈴木 央
在宅医療は医療の頂点
副会長を拝命した鈴木と申します。
私は、午前午後に外来診療を行なう普通の内科診療所の医師です。東京の大田区で仕事をしています。患者さんからのニーズに応じて在宅診療を行なうようになり、気づいたときには、在宅医療にすっかり魅了されてしまいました>>続きはこちら

常任理事 鈴木 邦彦
在宅医療と入院医療の垣根を越えて
≪ご挨拶≫
この度は、一般社団法人全国在宅療養支援医協会の発足、誠におめでとうございます。
私は日医常任理事として医療保険や介護保険とともに在宅医療も担当させていただき、日医かかりつけ医機能研修制度や、退任後に設立された日本地域包括ケア学会にも関わらせていただきました。>>続きはこちら

常任理事 中野 一司
当連絡会の活性のためにICTの活用を
連絡会のIT・コミュニケーション局長を担当します、中野一司と申します。
私は、1999年9月に、鹿児島市にナカノ在宅医療クリニックを開業しました。開業当初から、在宅医療のシステムの構築を意識して、多職種連携による地域連携ネットワーク型在宅医療システムの構築を目指して、具体的に活動してきました。>>続きはこちら

常任理事 英 裕雄
『一人暮らしでも安心して療養できる町・新宿』作りを目指す
これまで私は新宿区を中心に高度在宅医療が誰にとっても無理なく継続ができる診療体制作りを心がけてまいりました。
思い起こすと平成8年10月に当時東京でもまだ珍しかった在宅医療専門のクリニックである曙橋内科クリニックを開設しました。私自身当時在宅診療とは何なのか手探りをしている状況でしたが、その後徐々に陣容も大きくなり、医療法人社団曙光会へと改組し、落合・代官山にクリニックの展開をしつつ在宅医療専門医療機関の礎を築きました。>>続きはこちら

常任理事 島田 潔
原点は、「自宅に医療を届ける」
このたび、事務局次長を担当することになりました島田潔です。
私自身は、東京都老人医療センター(現 東京都健康長寿医療センター)勤務の際に、退院後の通院が難しい患者さん達の存在を知りました。
「自宅に医療を届けなければ、」と思い、平成8年に東京都板橋区で診療所を開院しました。>>続きはこちら

常任理事 太田 秀樹
日本の医療改革の入り口としての在宅医療推進
このたび、事務局を仰せつかることとなりました。在宅医療をはじめて、18年目を迎えましたが、人口が減少するなかで加速度をます高齢社会は、在宅医療をとりまく社会的環境を激変させました。キュアからケア。そして、ヒールへ、国民の医療への期待の変化は、医療のパラダイムそのものを大きくシフトさせています。>>続きはこちら

理事 木村 幸博

理事 岡田 孝弘
「いつまでも在宅で安心して暮らせる地域」を造る
神奈川県横浜市のオカダ外科医院 岡田孝弘です。
私の病院勤務時代は手術・手術の毎日でしたが、今とは違って術後再発や切除不能となった患者さんも最期まで看る大学でしたのでがん末期のターミナルケアに携わっていました。最期が近付いている患者さん達が亡くなられる前に「家に帰りたかった!」と言われることが多く実現させてあげられないことがいつも心残りでした。>>続きはこちら

理事 上村 伯人
多職種連携教育にも力を注ぐ
新潟県魚沼市という豪雪・過疎・高齢化の山間地で創立120年になる診療所の4代目です。豪雪地で医療機関も少ない地では昔から往診医療は文化として根付いています。 しかし人口当たり医師数は全国平均の5割強で、強化型在支診や複数主治医制をできる所はありません。医師不足を保健(行政)、福祉との連携で補い地域包括ケアシステムを育てています。>>続きはこちら

理事 前川 裕
往診に出かける父の背中を見て育ちました
皆様初めまして。富山の前川裕(ゆたか)と申します。
小生は開業医2世です。子供の頃は往診に出かける父の背中をみながら育ちました。自宅で逝くのが当たり前の1970年代前半までの時代です。そんな環境で育ち、医者になり、父の後を継いて23年が経過しました。
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理事 大石 明宣
小児から高齢者まで幅広く在宅支援を実施
1986年、妻の実家の無床診療所を継承することになり、在宅医療に関わり始めました。
当時は携帯電話もなくポケットベルの時代で、訪問診療も訪問看護も診療報酬化されていない状態でした。
1989年に無償で訪問看護を開始し、1992年に訪問看護が診療報酬化されました。
1998年に24時間連絡体制の訪問看護ステーションを開設し、1999年、複数医師による24時間連絡体制と祝日・年末年始も外来診療する体制を構築し、2006年からの在宅療養支援診療所の要件を満たしていました。>>続きはこちら

理事 二ノ坂 保喜
「支えるケアとしての在宅ケア」5つの柱
福岡市にのさかクリニックの二ノ坂 保喜です。
長崎出身、長崎大学を卒業後、外科、救急の研修、地域医療の実践を経て、96年現在のにのさかクリニックを開業しました。
長崎県の僻地で地域医療の取り組む中で、在宅医療、生活を支える医療の重要性を知り、88年福岡での勤務医時代から、在宅医療に取り組み始めました。>>続きはこちら

監事 和田 忠志
様々な研究・研修を行い、教育活動に尽力する
私は、東京医科歯科大学卒業後、精神科を経て、いらはら診療所というプライマリ・ケアの現場で働いています。
在宅医療との出会いは、1991年に東京都足立区の柳原病院に研修医2年目でローテイションしたときです。その後、足立区の蒲原診療所で在宅医療の責任者を6年ほど務めました。若いころから社会的困難事例に遭遇することが多く、ずっと貧困や虐待の問題にも携わってきました。>>続きはこちら

監事 土橋 正彦
子供の頃から日常風景だった在宅医療
≪監事就任のご挨拶≫
この度、全国在宅療養支援医協会の監事に就任しました市川市で診療所を開設しております土橋と申します。何卒、よろしくお願いいたします。
約30年前に父の後継として現在の診療所を開設しましたが、当初から、患者さんから訪問診療の依頼があれば、出来るだけお受けしたいと思って診療しておりました。これは、私にとっては、何の疑問もない、自然な選択であったと思います。>>続きはこちら